地域の人々の健康を支えるクリニックの先生方は、日頃から患者さんに寄り添った診療を心がけていらっしゃるかと思います。しかし、近年ではインターネット上の掲示板やクチコミサイト、SNSなどに医師やクリニックの名前を明示して、「ドクターハラスメントだ!」と訴える書き込みが多く見られます。
そこで今回は、医療情報に誰もが簡単にアクセスでき、SNSへの書き込みも自由にできる今だからこそ気をつけたい医師の言動について、IT・インターネットに詳しく、医療機関の顧問も務める弁護士法人戸田総合法律事務所の松本紘明弁護士に話を伺いました。ネット社会におけるハラスメントのリスクや、無意識のうちに加害者にならないポイントなど、医師が知っておきたいトラブル回避術を前編・後編でお届けします。
なぜ今、医師のハラスメントを考えることが重要なのか
そもそも、「ドクターハラスメント」、通称「ドクハラ」とは、医師による患者の心に傷を残すような暴言、態度、雰囲気を意味する言葉で、外科医の故・土屋繁裕氏が生み出した造語といわれています。1990年代にマスコミが大きく取り上げ、医療機関に対する世間の不信感を煽りました。2006年には日本医師会が医師による患者へのハラスメントを題材にしたCMを全国放送するなど、この問題に本気で取り組む姿勢を見せました。
あれから20年超、医療はサービス業ともいわれる昨今、接遇に力を入れる医療機関が増え、医療を取り巻く環境は大きく変わっています。ドクターハラスメントという言葉を以前ほどは聞かなくなりましたが、松本氏は今でも注意が必要だと指摘します。
「マスコミに大きく取り上げられた当時は、あからさまに高圧的な医師の態度や心ない発言などが問題視されていました。ネット社会の今は、患者のために良かれと思った発言でも、患者側が不安や不快な感情を抱けば、『ドクターハラスメント』と受け取られ、間接的にインターネットやSNSに悪質な書き込みをされてしまう可能性があります。当事務所でも増えているのが、知らないうちにインターネットやSNSで悪い噂になっていたという医療機関からのご相談です。患者による理不尽な投稿によってクリニックの信用を落とさないためにも、患者の対応には十分な配慮が必要です」(松本氏)
実は減っていない医師のコミュニケーション力への不満
インターネットで「ドクハラ」と検索すると、質問サイトや掲示板などに、「医師の高圧的、威圧的な言動で精神的な苦痛を受け続けたので、訴えたい!」「産婦人科の医師に『お金がないのになぜ子どもをつくるのか。余裕がないなら産むな』と言われ、傷ついた。法的に解決する方法はありますか?」などと、被害を訴える患者の声が多数ヒットします。最悪の場合、実際に損害賠償請求にまで発展するケースもあるといいます。
「その要因の多くが、患者とのコミュニケーション不足にあると考えます。東京都が設置している『患者の声相談窓口』の相談件数などを見ても、コミュニケーションに関する不満を抱えている患者が多いことがわかります」(松本氏)
「患者の声相談窓口」とは、東京都福祉保健局が設置している、患者や家族が医療機関の医師や職員の対応方法などについて相談できる専用の窓口のことです。同窓口が設置された2007年度以降、相談・苦情件数は、毎年ほぼ横ばいで推移しています。
2019年度の相談・苦情件数は、1万2650件。その内訳は、「相談」52.7%、「苦情」36.6%、「その他」10.6%でした。「苦情」の内容別内訳を見てみると、「コミュニケーションに関すること」(31.9%)が最も多く、2015年から2019年の過去5年間、ほぼ毎年上位を占めています。さらにその具体的な内容は、多い順に「説明不足など」「医療従事者の接遇」「その他」「暴力・暴言」という結果になっています。
ちなみに、診療科別に相談件数の多かった順で見ると、「精神科(心療内科を含む)」22.0%、「内科」18.8%、「整形外科」7.7%と、精神科で多い傾向が見られました。
患者がハラスメントと感じる医師の言動とは?
それでは、実際に患者が医師に対して不満や不安を感じる言動とは、どのようなものなのでしょうか。前述の故・土屋繁裕氏は、自著『ドクターハラスメント』(扶桑社/2002年発行)の中で、具体例を挙げて解説しています。20年近くも前の内容になりますが、その一部抜粋してご紹介します。
がんを患った患者が、とある名門病院で担当医に言われた言葉とのことです。患者をサンプル、データ扱いしてしまっていますね。また、「最後の手段」という言葉は、この薬が効かなければもうおしまいと、患者を心理的に追い込んでしまいます。
何度か点滴に失敗した医師に対して、「この辺の血管に点滴してくれませんか」と言った患者に医師が吐き捨てた言葉とのことです。威圧的な態度や、支配的な発言は脅しと受け取られかねません。医師というより、個人の人間性の問題が大きいです。
体質的な問題で手術や抗ガン剤治療が難しく、放射線治療をしていた患者が、新しい担当医に言われた言葉とのことです。前の担当医の非難は、他意はなくても、患者の心に深い傷を残すことがあります。患者はこれまで自分が受けてきた治療が全く無駄のように感じ、人格まで否定された気になってしまうでしょう。
がん患者が執刀医となる医師と面談をした時に、言われた言葉だそうです。身近なクリニックでも、検査に関する説明が不十分だと感じさせてしまうケースなど、患者にとって「説明義務」を果たさない医師は信頼できず、不安を抱かせてしまいます。わかりにくい説明や、説明不足も不満の原因になります。
進行する病気という患者の恐怖感につけ込んで、他の治療法を説明したり、相談に乗ったりする手間を省くために医師が言った言葉とのことです。患者には自身が受ける治療を選ぶ権限があります。患者に決断を急がせ不安にさせる医師の言動は、不満・不信感につながります。クリニックでも、患者に「一方的に医師に決められてしまい嫌だった」と感じさせないよう注意が必要です。
他の病院で治療を受け再発した患者を、病院も医師も快く受け入れない傾向があると土屋氏は指摘しています。患者の選択を尊重せず、逆に責めるような医師の言動は、患者にとって精神的につらく、責められているような気になり、通院がストレスになります。親切心からつい言ってしまいがちな「なんでこんな状態になるまで放っておいたんですか」という発言も、患者は自分の行動が責められたと感じる場合があるため、気をつけたほうがいいでしょう。
熱心で正直な医師こそ要注意?
例4の「手術のことなど、知る必要などない」は、インフォームド・コンセントが重視される今の時代、「こんな時代錯誤の発言をする医師はもういない」と思われる方が大半でしょう。しかし、例3の「こんなことやっても意味ないのに……」や、例5の「急いで手術しないと治らないよ」、例6の「どうしてそんな治療を受けたのですか!?」という発言は、医師の立場からすれば、むしろ熱心で正直だからこそ、思わず出てしまう一言かもしれません。しかし、患者側からすれば、ハラスメントと感じる方もいるわけです。
「前述したように、重要なのは医師にそんなつもりはなくても、患者の主観によってハラスメントとみなされてしまう可能性があるということです」(松本氏)
後編では、患者とのミスコミュニケーションを防ぐための対処法をご紹介します。
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